「歳月」 司馬遼太郎 [Book]
佐賀の江藤新平。
明治新政府で参議、司法卿。まもなく、薩長閥(特に大久保利通)と対立して下野、佐賀ノ乱の首謀者として刑死、享年四十一。
アルイハ、狂人カ、と言われると、 「古来、事をなした者はことごとく狂人とよばるべき者である」と答えたという、才能と狂気の男の話です。
”(まるで抜き身だ)とおもった。副島はかねがね江藤に対し、鞘を脱した白刃を腰にさした男、という実感をもっていた。むきだしの鋭さが、他人をたおすよりさきに自分の身を傷つけるのではあるまいか。”
似たものどうしというのは、特に二人共に才能がある場合は、互いに相容れず、決して並び立たない。大久保利通と江藤新平は、そういう関係として描かれています。
明治新政府に不満な士族が充満し、ひと騒動ありそうな佐賀に、 「峠」にも登場した岩村高俊が権令(知事)として派遣されます。任命したのは大久保利通。
木戸孝允は、どうしてこんな難しい所に、選りによって岩村高俊のような傲慢で無思慮なやつを・・・と驚き、人事の変更を求めます。
大久保は、そんなやつだから使うのだ、という腹でした。
つまり、越後長岡で河合継之助を開戦に追い込んだ、岩村の傲岸不遜・無思慮ぶりを見込んだのだと。佐賀士族を挑発し、暴発させ、江藤もろとも早々に殲滅するには、これでいいのだと。
対するのは、維新前は「家の中で内職をしているか、藩命によって蟄居させられているか」で、「世間を知らないにひとし」く、「維新が成立し、かぞえて三十五になってから人臭い世の中におどり出、わずか五年目に司法卿になった」という江藤。
そして、事態は大久保の目論見どおりに進みました。
小説としては、江藤の短い活躍期間の最後、下野から刑死までの部分に重きが置かれすぎているかもしれません。人間の死に方、死に至る状況と、そこから遡ってみた人生、という風景。
その、あまりにも政治・政略的な騒ぎに満ちた最期と、田舎からぽっと出てきた男がわずか五年の間にやったこと、仕事の凄さ部分は、少し切り離して考えてみたい気がしました。
上下二巻、講談社文庫。
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